上司のヒミツと私のウソ
「なんの冗談ですか」

「なにが」

「今まで騙してたんですか」

「騙す?」


 煙草を灰皿に押しつけると、彼はゆっくり体を回した。

 体ごと私と向き合い、怖いくらいまっすぐに見つめてくる。眼鏡をかけていないせいか、視線がひりひりするほど痛い。


「あんたに責められるのは不本意だな。先に騙したのはそっちだろうが」

「……私は、謝ったじゃないですか」

「謝ればすむ問題か?」


 唇をわずかに曲げて、彼は眼だけで白々と笑った。

 答えを奪われた私は、悔しさのあまり両手の拳を強く握りしめた。


「悪いが離れてくれないか。あんたがいると酒がまずくなる」


 信じられない。


 どうしてこんなひとのことを、理想の恋人だなんて錯覚してたんだろう、私は。


「二重人格もここまでくると犯罪だとおもいますけど」

 このまますごすごと引き下がるつもりはなかった。
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