上司のヒミツと私のウソ

第5章 終わりの言葉 Word of start




 気がつくと、バッグの中で携帯電話が鳴っていた。

 着信画面には安田の名前が表示されている。

 頭の中が、いや全身がパニックを起こしていて、電話に出るべきかどうかさえ判断できない。


 鳴り続ける携帯電話を握りしめていると、「出れば」と矢神がいった。

 通話ボタンを押す指が、かすかに震えていることに気づいた。騒々しい音楽をバックに、「どこにいるの」という安田の怒鳴るような声が聞こえた。


「えっと……さっきの店を出たところ」

「そこに矢神課長いる?」


 なぜか私は黙りこんでしまう。


「いるんだ。ふたりで消えるから、みんなに怪しまれてるよ」


 それはまずい。大いにまずい。


 答えに窮していると、矢神が「ちょっと貸して」というなり携帯電話を奪いとった。

「だから、逃げたんじゃない。わかった、今からそっちへ行くから」
< 545 / 663 >

この作品をシェア

pagetop