上司のヒミツと私のウソ
「そんなにいいたくないんなら、いわなくても。管理人に聞けば人相くらいわかるだろうし」

 そして、またゆっくりした歩調でソファのほうへ歩きだす。


「ほんとうに……彼女と付き合ってないんですか」


 鼓動が速まる。

 振り向いた矢神は苦笑している。


「誰だか知らないけど、付き合ってない」


 この話をするために、矢神は私をここまで連れてきたのだろうか。


「まだ疑ってる?」


 そういって、矢神は体がふれるほど私に近づいてくる。

 私が逃げずにいると、矢神の手がやわらかく私を抱きよせてキスをした。


 付き合っていた頃のスマートなそれとも、屋上での強引なそれとも、今までのどれとも違っていた。


 秘密を伝えるようでいて、ためらっているような、かすかに唇がふれあうだけのキスだった。
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