上司のヒミツと私のウソ
 唇が離れたあとも、矢神はなごり惜しそうに指先で私の頬をたどり、顔にかかる後れ毛や前髪にふれた。

 そのまま頭の後ろに手を回して束ねていた髪をほどくと、髪の中に手を差し入れて、ふたたび唇を合わせる。


 キスは自然と深くなっていき、私を抱きしめる矢神の腕の力も強くなる。


 体が溶けて意識が遠ざかるような感覚に、私は必死に抗おうとするのに、あっという間に手足の力が抜けて崩れ落ちそうになる。


 ふいに唇が離れたのでぼんやり目を開けると、すぐそばに矢神の顔があった。暗く翳った瞳が私を見つめている。体の奥に切ない痛みが走る。


 半分放心状態の私を抱きかかえて、矢神は私の首筋に顔をうずめ、やがて唇が耳にたどりつくと、かすれた低い声で「ベッドへ行こう」とささやいた。




 最後のつもりだった。

 矢神に抱かれたら、それでもう終わりにしようとおもっていた。

 だって、私はあの忌まわしい“終わりの言葉”を口にしてしまったから。


「……ずるい」


 何度めかの快感の波が全身に行きわたり、ようやく体の震えがおさまりかけたとき、私は荒い呼吸の谷間に言葉をもらした。
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