上司のヒミツと私のウソ
 微笑を少しも崩さず、矢神隼人はフッと小さな笑い声をたてた。


「さすがですね。ひと目で見抜くなんて」

「課長と約束してるんですか?」


 恐れと疑いの目を向ける私を、「あなたには関係ありません」というひとことで軽くあしらった。

「弟とは別れたのでしょう?」

 私が無言になると、おもしろがるように低く笑う。

「今日は、彼女を連れてきただけですよ。ただの道案内です」


 そういって振り向いた彼の視線の先に、白いワンピースの若い女性がいた。もの珍しそうに、ビルの中をきょろきょろ見回していた彼女が、ふいに私をとらえた。


「あれっ。この前の社員さん?」

 池橋有里の明るい顔が駆けよってきた。


「おや。ふたりはすでに顔見知りでしたか」

 矢神隼人が意外そうな顔を向けるのを、彼女は満面の笑顔で返した。


「庸介さんのマンションで偶然会ったの」

「それはそれは」

 愉快だといわんばかりに、爽やかに笑う。相変わらず底意地が悪い。
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