上司のヒミツと私のウソ
「ね、庸介さんは?」

 彼女に直接問われて、私は戸惑った。すれ違うひとが、ちらちらと私たちの方へ視線を投げてくる。隼人さんが代わりに答えた。

「さっき携帯に連絡しておいたから、もうすぐ現れるよ。じゃあ、僕はこれで」

 あっさりいうと、今度は私に向き直り、小声でささやいた。


「聞きたいことがあれば、いつでも連絡してくれてかまいませんよ。どうせあいつはなにもしゃべらないだろうから」


 不敵な笑みを残して、かろやかに去っていく。

 池橋有里が顔を近づけてきて、観察するようにじろじろと私を見た。


「あなたって、やっぱりモトカノさんですよね」

 黙っていると、彼女は屈託なく笑う。

「でもいまは、ただの上司と部下……ですよね?」

 答えられない。


 彼女は不安そうに私を見ていたけれど、すぐに視線が移動した。ぱっと顔が輝く。

「あっ、きた!」

 振り返ると、矢神がエレベーターを下りてまっすぐにこちらに向かってくるところだった。私と彼女がふたりでいるのを見て、顔をしかめる。
< 600 / 663 >

この作品をシェア

pagetop