上司のヒミツと私のウソ
 矢神は彼女にうながされて正面玄関へ向かいながら、振り返って私を見た。ほんのわずか、一瞬だけ、眼鏡ごしに目が笑ったように見えた。


 ひとりとり残された私は、しばらくロビーに立ちつくしていた。


──心配ないってことかな。


 矢神が彼女をまったく相手にしていないらしいことは、いまの会話や態度からなんとなく想像できた。

 でも、下の名前を呼び捨てにしていたのはちょっと気になる。矢神が呼び捨てにする女性は、彩夏さんだけだとおもっていたから。


──いったいどういう関係だろ。


 隼人さんが彼女を連れてきたということは、両親や家の事情が絡んでいるのかもしれない。

 もしそうなら……隼人さんのいうとおりだ。


 矢神はきっと、彼女について自分から口を開こうとはしない。
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