上司のヒミツと私のウソ



 甘ったるい声で、有里は意外なことをいった。

「もう一度、ご両親と話し合う気、ない?」


 ランチの間、自分の通っている大学や友人の話をひとしきりしゃべりまくり、ときどき軽いノリで「今度デートしようよ」などというほかは、有里は俺になにも尋ねようとしなかった。


 そうして、店を出たとたん真顔でそんなことをいう。昼休み終了まで、残り十五分。

 見かけほど子供ではないな、と感心した。

 有里が横並びにひっついてきた。歩道は、昼休みからもどる途中の会社員たちで混雑している。


 あの日──西森が熱を出して泊まった日の翌日、律子さんから先客がいたようだと聞かされたとき、有里のことがちらりと頭に浮かんだ。

 でもまさかほんとうに、勝手にマンションに上がりこんでいたとは。

 しかも最悪のタイミングで西森に有里の存在を知られて、誤解を解くのに苦労した。一応信じたみたいだが、疑り深い西森のことだから、また疑われる可能性は大いにある。


 さっきみたいなぎこちない作り笑いを見ると、ますます不安を感じてしまう。

 これ以上、有里とは会わないほうがいいに決まっている。
< 603 / 663 >

この作品をシェア

pagetop