上司のヒミツと私のウソ
「じゃあ」


 矢神はそういってふいに、私の顎を片手でつかんで振り向かせ、いきなり唇を奪った。

 矢神の舌が深く探るたび、慣れないピースの味が口の中に伝わる。


「これで我慢しろ」


 私から離れると、矢神は不埒な笑みを浮かべてまた煙草を咥える。私の心臓はパニックを起こして、制御不能に陥っている。


「……なにするんですか!」

「西森があんまり物欲しそうな顔してたから」

「してません!」

「煙草、欲しかったんだろ?」


 私は言葉に詰まる。矢神は空とぼけて煙草を吸っている。意地悪だ。

 このうえキスが気持ちよかったなんて、口が裂けてもいえない。


 矢神の他愛ない行動ひとつで、私は簡単にうろたえたり戸惑ったりする。それが悔しい。


「禁煙してたのに」

 小声で愚痴をこぼすと、矢神は軽く笑った。
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