上司のヒミツと私のウソ
 病院にもどることを望まれて、矢神自身もそのほうがいいと判断したとしたら。

 なりふり構わずプロジェクトを進めようとするのは、これを最後に会社を去るつもりだからだとしたら。


 私には、矢神を止めることはできない。


 矢神に気持ちを打ち明けられてから、ずっと考えていた。


 矢神は私のどこが好きなんだろう? 私なんかの、どこに好きになってもらえる要素があるんだろう?

 そんなものはどこにもない、と答える声がある。矢神はやっぱりまだ私のことを都合のいいように誤解していて、私が隠しているいくつかの顔を知ったとたん、また平然と離れていくのだ。


 ゆっくりと冷たい床から立ち上がった。チェストの引き出しを開けて、空き箱に入れておいた一枚の名刺をとり出す。

 名刺には、矢神隼人の名前と病院の連絡先が刻まれている。裏返すと、携帯電話の番号が走り書きされていた。


 胸を潰す不安に耐えきれず、私はその番号にすがった。
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