上司のヒミツと私のウソ
 マスターと律子さんが間違える前に、私はすばやく「矢神課長のお兄さんです」と手短に彼を紹介した。彼もまた品の良い微笑を浮かべて簡単に挨拶する。

 唖然とするふたりを残して、私たちはまだ客のいない店内を横切り、奥のテーブル席についた。


「なるほど。考えましたね」

 席につくなり、彼は冷たい微笑を向けた。


「ここなら、彼らの口を伝って自然と庸介の耳に入るでしょうからね。つまりあなたは、私と今日会うことを、庸介に打ち明けられなかったわけだ。でも秘密にしておく勇気はない、と」


 ほんとうに嫌なひとだとおもう。わざわざそんなことをいい当てなくてもいいのに。

 律子さんが注文をとりにきたので、飲み物と軽い食事をオーダーした。


 隼人さんは興味深そうに店の内装を眺めている。今日は、いつものかっちりしたスーツ姿ではなく、ラフなシャツにジャケットを羽織っていた。


 この兄弟は、スーツを着ているとさっぱりわからないのに、普段着になるとたちまち違いが明白になる。
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