上司のヒミツと私のウソ
 オフのときの矢神は、こんな上品な格好はまずしない。ビンテージジーンズに汚れたスニーカー、そしてあのすばらしく魅力的な革ジャンだ。


「有里が婚約したといったそうですね」

 再び私に顔を向けると、隼人さんはくすくす笑いながらいった。


「嘘ですよ。まあ、今日の見合いで現実になっている可能性もありますけどね」


 本気とも冗談ともとれるいい方だった。私はどう受けとっていいかわからない。

 そんな私の表情を、隼人さんは真正面からじっくり楽しむように見つめる。ほんとうに、嫌なひとだ。


「そんなにビクビクしなくても大丈夫ですよ。あいつは彼女のことを妹程度にしかおもってませんから。でも、あなたは」

 ほんの一瞬よぎった不安を、彼は見逃さなかった。獲物を捕らえた彼の目が、底意地の悪い光を放つ。


「たとえあのふたりが結婚することになっても、文句ひとつ、いわないんでしょうね。こんなふうに私を呼び出して事情を聞いたところで、結局あなたには、なにもできないんです」


 隼人さんは、これ見よがしに溜息をつく。
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