上司のヒミツと私のウソ
「私だって困るんですよ、有里と結婚なんかされては。前にもいいましたが、弟に病院を継ぐ資格はありません。あの男には、今の生活が分相応なんです」


 ざわつき始めた店内にちらりと視線を落とし、こういう場所がお似合いだという代わりに憫笑を浮かべた。


「だけど、あなたにはなにもできない。ただ見ているだけ。弟とそっくりです。あの男も、黙って彩夏を見ているだけでした。二十年もの間、ずうっとね」


 低く響く声に冷笑がからむ。上品な笑みは完全に消え、冷たい静かなまなざしが私を射る。


「あなたと弟は、きっとうまくいかない。性格が似すぎています」


 なぜ、このひとにこんなことをいわれなくてはならないのだろう。

 でも、おかしなことに怒りは萌してこない。こうなることを予想していた自分がいる。そんなことはわかっていたという自分が。


 彼はそんな私の心の動きを見つけて喜び、ゆるやかに皮肉めいた笑みを浮かべた。


「似ているというのは、案外厄介なものですよ」


 もてあそぶように、凶器ともおもえる言葉をじわじわと口にする。
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