上司のヒミツと私のウソ
 有里なら、それができるのだろうか。矢神の孤独を埋められるのだろうか。

 いつの間にか足が止まり、私は暗い道の上に立ちつくしていた。


──泣いてるの?


「泣いてないよ」

──でも、泣いてる。

「泣いてないったら」


 振り返ると、誰もいない路地の真ん中に、小さな女の子が膝を抱えて座りこんでいる。街灯の光も届かない暗がりで、冷たいアスファルトの上で、ひとりきりで。


──泣かないで。


 それが彼女の声なのか、自分自身の声なのか、わからなくなった。


 私は目を閉じて、大きく息を吸って、吐く。

 目を開けると、女の子は消えていた。空から降りてきた冷たい夜気が、体を包みこんでいく。


「私はもう子供じゃない」


 誰にいうともなく、暗がりに向かってつぶやいた。

 暗い冬の空を見上げても、星はひとつも見えなかった。
< 634 / 663 >

この作品をシェア

pagetop