上司のヒミツと私のウソ
「あるかもしれないが、そんなことは考えなくていい」

 考えずにすむわけがない。安田もそう反論するだろうとおもった。

「わかりました。すぐに手配します」

 あっさり引き受ける安田を、私は信じられないおもいで見つめた。


 金曜日の経営会議で『RED』が却下されたことは、すでに企画部全体に知れ渡っていた。

 このままでは発売中止になる線が濃い、と誰もがうわさしている。それなのに、矢神は『RED』の広告を作れという。


 矢神は状況をわかっているのだろうか。

 このプロジェクトが失敗に終われば、本社にいられなくなるかもしれないのに。


「ネーミングの再検討をすべきだとおもいます」

 勢いで、強い口調になった。


 矢神はふたたび資料を探すのをやめて、じっと私を見つめた。心の奥まで届きそうな視線で。今日の矢神は眼鏡をかけていない。


 いつのまにか、まわりが静かになっていることに気づいた。企画部の社員が全員、私たちのやりとりに注目している。
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