上司のヒミツと私のウソ
 モニターの近くに、五十歳前後のスーツを着た男性が立っている。男性は金属の膜で包まれているかのように、あきらかにスタジオの空気になじんでいない。


 柳瀬部長は取締役で、企画統括部長である。


 つまり、経営会議で『RED』を棄却した役員のひとりだ。本来はこんな場所に現れるひとではないのだけれど、今回は事情が事情なので特別に見学してもらうことになっていた。


「ちょっと来い」


 突然矢神が私の手をつかみ、ずかずかとモニターの方へ歩いていく。私は「な、なんですか」と気弱に抗議しつつ、へっぴり腰でついていく。


 矢神は、セットを見て首を傾げている柳瀬部長に声をかけると、「今回の広告企画の担当者です」といって私を部長の前に押しやった。


「説明は彼女から聞いてください」

 仰天して、私はおもわず矢神を振り返った。

「じゃ、頼む」

「えっ!? ちょっと、ウソ」

 うろたえる私を完全に無視して、矢神はさっさと背中を向けてあっという間に立ち去ってしまう。
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