上司のヒミツと私のウソ
「人事部にいたくせに、俺の経歴もろくに調べてなかったみたいだな」


 経歴? 医学部卒業じゃなかったの?

 矢神は煙草を咥えたまま、ぞっとするような冷たい眼で私を見下ろした。白い煙が細いリボンのように灰色の空にのぼる。


「俺は高校中退だ。しかも素行不良による強制退学」


「でも、たしか最終学歴はK大のはず……」


「大検を経てな。取得するのに三年かかって、大学を卒業するのに六年かかった」

「……」

「俺に比べれば、あんたはマトモなほうだろ」


 はじめて矢神が笑った。


 表のときの、非の打ち所がない完璧な笑顔じゃなく。

 ちょっと照れたような、困ったような微妙な笑い方ではあるけれど。


「経歴なんかどうでもいいんだよ」
< 82 / 663 >

この作品をシェア

pagetop