上司のヒミツと私のウソ
 矢神は内ポケットから携帯灰皿を取り出し、長い指に挟んでいた吸い殻を慣れた手つきで収めた。ついでに腕時計を確認する。

「行くぞ」

 おもわず「はい」と答えていた。矢神はもう非常扉の前まで歩いている。扉のノブをつかんで、

「倉庫の件は助かった。たしかにひどいありさまだったからな」

 独り言のようにいい、薄暗い非常階段を降りていく。


 それが感謝の言葉だと気づくまで数秒要した。


 本当は、矢神をはめるつもりだった。


 わざと矢神を怒らせて高校時代の秘密を白状させ、弱みを握ってやろうとおもっていた。

 でも、非常階段を降りていく広い背中には劣等感の影すら見あたらない。矢神にとっては、こんなのは弱点でもなんでもないんだとおもった。
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