上司のヒミツと私のウソ
 笹島さんは、ミサコちゃんが八年もつきあっている五歳年上の恋人だ。

 建築事務所に勤める一級建築士で、私も何度か会ったことがある。地味だけどとてもしっかりした感じの人だった。


「ああ、それね」

 ミサコちゃんはなんでもないように眼を逸らし、ベランダの外の曇り空をうかがうふりをした。

「別れたのよ。いわなかったっけ?」

「うそっ」

「ホント」

「なんで?」

「向こうに結婚する気がないから。でも私はしたいから。単純明快」


 結婚。

 過去の忌まわしい記憶を呼び覚ます、鮮烈で耳障りな言葉。

 私は心の中で、その言葉に厄除けのお札を貼り付けた。


「いいの? だってあんなに……」

 二人の穏やかな付き合いは、見ていて羨ましくなるくらいだった。理想の相手を見つけて余裕しゃくしゃくのミサコちゃんに、私は少なからず嫉妬していたのだけれど。
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