上司のヒミツと私のウソ
私は矢神のことをなにひとつわかっていなくて、彼の素顔を知ろうともしなかったけれど、でも──彼を好きだという気持ちは、嘘じゃなかった、とおもう。
矢神はなぜ私と付き合っていたんだろう。
なぜ、私にプロポーズしたんだろう。
その理由が、もしもミサコちゃんと同じだとしたら。
矢神には好きなひとがいる。
月曜の朝、私は化粧道具を詰め込んだポーチを小脇に挟んで屋上に向かった。
始業時刻前のこの時間は北側の非常扉も開いているので、そちらを利用することにしている。
屋上に出ると、冷たい風が容赦なく吹きつけてきた。
空は晴れているけれど、今日の気温は真冬並みだった。一服してさっさと退散しようと決め、化粧ポーチの二重ポケットからハイライトを取り出し火をつけた。
見ると、中央のフェンスで区切られた向こう側、南のスペースに矢神がいた。眼下に広がる鈍色のオフィス街を、フェンス越しに涼しげな顔で眺めている。
そう。
腹立たしいことに、なぜか毎朝この時間にここで矢神と会うのが日課になってしまっているのだ。だから私は南側ではなく、北側の非常扉を使うことにしている。矢神に対する私のささやかな反抗だ。
矢神はなぜ私と付き合っていたんだろう。
なぜ、私にプロポーズしたんだろう。
その理由が、もしもミサコちゃんと同じだとしたら。
矢神には好きなひとがいる。
月曜の朝、私は化粧道具を詰め込んだポーチを小脇に挟んで屋上に向かった。
始業時刻前のこの時間は北側の非常扉も開いているので、そちらを利用することにしている。
屋上に出ると、冷たい風が容赦なく吹きつけてきた。
空は晴れているけれど、今日の気温は真冬並みだった。一服してさっさと退散しようと決め、化粧ポーチの二重ポケットからハイライトを取り出し火をつけた。
見ると、中央のフェンスで区切られた向こう側、南のスペースに矢神がいた。眼下に広がる鈍色のオフィス街を、フェンス越しに涼しげな顔で眺めている。
そう。
腹立たしいことに、なぜか毎朝この時間にここで矢神と会うのが日課になってしまっているのだ。だから私は南側ではなく、北側の非常扉を使うことにしている。矢神に対する私のささやかな反抗だ。