上司のヒミツと私のウソ
 矢神が向き直り、スラックスのポケットに両手を突っ込んだままゆっくり私のほうへ近づいてくる。私たちは金網を挟んで向き合う形になった。


「俺が管理できていないとでも?」

「顔、むくんでますよ。昨日も飲んだんでしょう」

 一瞬、矢神がひるんだ。

「……それほど飲んでない」

「その不健康な生活習慣、見直したほうがいいとおもいますけど」

「あんたにいわれたくない」

「私はお酒は飲みません。煙草だって、やめようとおもってたところだし」


 えっ。なにいってんの、私。


 暴走していることに気づいたときには遅かった。おそるおそる見上げると、矢神の眸が不気味な光を帯びるのが見えた。


「ほーう。それはそれは」


 薄笑いを浮かべて、矢神が私の表情をうかがっている。いつもきれいにまとまっている前髪が風でばさばさに落ちているせいか、ますます気味が悪い。

 いってしまったものはしょうがない。今さら撤回なんてできるはずがない。


「私の場合、やめようとおもえばいつでもやめられますから」

「ふーん。そんなに簡単なら明日からやってもらおうか、禁煙」
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