恋する指先
 ローファーの先に滴が落ちて、小さな水滴が跳ねた。


 泣いたりしたら余計に呆れられるのに。


 そんな気持ちとは裏腹に、溢れる涙は後から後から滴になって落ちていく。


「美伊」


 顎に冷たい指先が触れて、顔を上げさせられる。


 泣いてるこんな不細工な顔、見られたくないのに。


 伏せていた瞳を僅かに上げる。


「美伊」


 何度も呼ぶ、私の名前。


 猫みたいで小さい頃は好きじゃなかった名前。


 でも、榛くんに呼ばれるのは好きだった。


 猫みたいって言いながら、でも、優しく呼ぶその声に言われる自分の名前が好きだった。


 あの頃よりも少し低い声で呼ぶ私の名前。



「呼ばないで・・・」


 切なくなる。


 嫌いなくせにどうしてそんなに優しく名前を呼んだりするの?
 

 たまに見せるそんな榛くんの優しさに、振り回されてる私の気持ちなんて知らないで。


 優しく呼びかけたりしないで・・・・・。



「美伊・・・俺は」


「帰る」


「え?」


「帰るからッ」


 何かを言いかけた榛くんを振り切って、私は家に向かって走った。


「美伊!!」


 背中に榛くんの呼ぶ声がする。


 私は立ち止まらなかった。


 振り返らなかった。


 私の後姿を、榛くんが見ていた―――――。




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