常初花
「そうなの?それは珍しいね」
彼女の頬が、安堵からか緩く綻んだ。
母は僕に彼女ができるとどういうわけか喜んで、普段なら小遣いくらいは自分で稼げと言うのに、デートに行くと言えばいくらかカンパがもらえたりした。
「着いたよ」
いくつも同じような建物が並ぶ中の一つの前で、一度立ち止まる。
なんの洒落っ気も愛想もない、よくある公営の団地。
ここへ20年前、離婚した母は8歳の僕を連れて、母子家庭として入居した。
日傘を畳むのを見届けると、建物の中央にある階段を上がっていく。
後ろを歩く彼女が、無口になった。
建物に入り日差しからは逃れたものの、うだるような暑さに変わりはない。
少し遠くに、遊ぶ子供の甲高い声とやはり蝉の声。
それらが、久々の帰省を彩って懐かしさに拍車をかけた。
一つの扉の前に立ち、インターホンを押すべきか昔のようにいきなり開けるか一瞬迷った。
その隙をついて、彼女が言う。
「…ね。私、やっぱりちゃんと話した方が良くない?」
「別に、態々話すこともないって」
散々ここに来る前に話し合った事項について、彼女が今更切り出した。
彼女の頬が、安堵からか緩く綻んだ。
母は僕に彼女ができるとどういうわけか喜んで、普段なら小遣いくらいは自分で稼げと言うのに、デートに行くと言えばいくらかカンパがもらえたりした。
「着いたよ」
いくつも同じような建物が並ぶ中の一つの前で、一度立ち止まる。
なんの洒落っ気も愛想もない、よくある公営の団地。
ここへ20年前、離婚した母は8歳の僕を連れて、母子家庭として入居した。
日傘を畳むのを見届けると、建物の中央にある階段を上がっていく。
後ろを歩く彼女が、無口になった。
建物に入り日差しからは逃れたものの、うだるような暑さに変わりはない。
少し遠くに、遊ぶ子供の甲高い声とやはり蝉の声。
それらが、久々の帰省を彩って懐かしさに拍車をかけた。
一つの扉の前に立ち、インターホンを押すべきか昔のようにいきなり開けるか一瞬迷った。
その隙をついて、彼女が言う。
「…ね。私、やっぱりちゃんと話した方が良くない?」
「別に、態々話すこともないって」
散々ここに来る前に話し合った事項について、彼女が今更切り出した。