常初花
母はベランダから僕らが歩いてくるのを見ていたらしく、玄関に着いた気配があるのに中々ドアが開かないのでやきもきして開けたらしい。


僕らが玄関前で躊躇っていたのは数十秒程度のことなんだけど。


どれだけ短気なんだ、と思ったが、今日を楽しみにしていたということなのだろう。


僕がこの家を出て10年、思えば帰省したのは数えるほどで、独りの母には寂しい10年であったかもしれない。




リビングで自己紹介を済ませ、話題に尽きない母のおかげで彼女の硬かった表情も和らいだ。


手土産に持ってきたアイスクリームはドライアイスの効果が程よく効いて、食べやすいやわらかさだった。


食べ終えて少し一服、と僕が煙草を口に咥えた時だった。


しゅぼ、と音がする。


絶妙のタイミングで差し出されたライターに火が着いて、僕は「馬鹿」と目線で物を言い、彼女は頬を引き攣らせた。


煙草に火をつける仕草というのは、水商売の女性特有の気配が顕著に出る。
察しの良い人間ならば経験者だと気付くだろう。


なぜライターなんか持ってるのか、と見れば彼女が手にしているのは、僕が煙草の箱に並べて置いていたライターで。


彼女が何時もしていたクセがでたように、僕も点けてもらうクセが出たのだ。




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