常初花
それらはもしかして、すべて経験したことだからだろうか。


「ねぇ、もしかしてさ。それって、全部僕の父親に苦労させられた事?」


そう言うと、母は言葉を詰まらせてきゅっと唇を噛んだ。
それは、失言を後悔するような表情で。


母は、別れてからも一度も父の悪口を僕に聞かせたことはない。
僕にとっては、良い父親だったからだ。


「僕ももう子供じゃないからね。別に本当のこと言ってもいいんじゃない?」


そう言うと、母は眉尻を下げて溜息をついた。


「私がされてイヤだったことを息子にはして欲しくないからよ」



彼女の言葉を想い出す。



『多分、それをちゃんと怒られてるから、今の貴方があるんだなって思った』




「ありがとう」




僕がそう言うと、母は大きく目を見開いた。

鳩が豆鉄砲。

そんな言葉が頭に浮かんで苦笑する。



「ちゃんと育ててくれて、ありがとう」



もう一度、言葉にすると僕も些か照れてしまった。
母親に面と向かってありがとうと言ったのは初めてのことで。


母親が泣くのを見たのも、初めてだ。



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