常初花



8月の夕方は、まだ充分すぎるほどに明るい。
僕はエンジンをかけると、背凭れに少しの間身体を預けた。


「最後、お母様にはびっくりしたね」


助手席から、彼女の苦笑混じりの言葉に、僕も思い出して笑った。


「な。まさか再婚とは」


あの年齢で。
といっても母が僕を生んだのは随分と若い頃だったから、まだ40半ばではあるのだが。


『どうか、息子をお願いしますね。返品されても困るわよ、私ももうすぐ再婚するし』


家を出る時に、母の2度目の爆弾投下。


もう何年か付き合っている男性がいるらしく、僕の結婚を待って再婚しようと考えていたようだった。


いや、待たせて申し訳ないというか。
母にとっては寂しい10年だったか、と感傷に浸った僕を返せと言いたい。




身体を起こしてシートベルトをすると、発進しようとするがもう一度ハンドルに顔を伏せ脱力した。


「疲れちゃった?」

「うーん…初めて尽くしだったな、と思って」


深呼吸すると、帰ろうか、と声をかけて車を発進させた。
暫く走ると、ギアに置いた手に一回り小さな手が重なった。


結婚に向けて漸く一歩進めた一日の気がして、今夜は一際感慨深い。






彼女を初めて、母親に紹介した。


初めて、母親にありがとうと言った。



最後の爆弾投時の母はちょっと照れていて。


それは初めて見た、母の女としての顔だった。





Fin...


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