常初花
◇
8月の夕方は、まだ充分すぎるほどに明るい。
僕はエンジンをかけると、背凭れに少しの間身体を預けた。
「最後、お母様にはびっくりしたね」
助手席から、彼女の苦笑混じりの言葉に、僕も思い出して笑った。
「な。まさか再婚とは」
あの年齢で。
といっても母が僕を生んだのは随分と若い頃だったから、まだ40半ばではあるのだが。
『どうか、息子をお願いしますね。返品されても困るわよ、私ももうすぐ再婚するし』
家を出る時に、母の2度目の爆弾投下。
もう何年か付き合っている男性がいるらしく、僕の結婚を待って再婚しようと考えていたようだった。
いや、待たせて申し訳ないというか。
母にとっては寂しい10年だったか、と感傷に浸った僕を返せと言いたい。
身体を起こしてシートベルトをすると、発進しようとするがもう一度ハンドルに顔を伏せ脱力した。
「疲れちゃった?」
「うーん…初めて尽くしだったな、と思って」
深呼吸すると、帰ろうか、と声をかけて車を発進させた。
暫く走ると、ギアに置いた手に一回り小さな手が重なった。
結婚に向けて漸く一歩進めた一日の気がして、今夜は一際感慨深い。
彼女を初めて、母親に紹介した。
初めて、母親にありがとうと言った。
最後の爆弾投時の母はちょっと照れていて。
それは初めて見た、母の女としての顔だった。
Fin...
8月の夕方は、まだ充分すぎるほどに明るい。
僕はエンジンをかけると、背凭れに少しの間身体を預けた。
「最後、お母様にはびっくりしたね」
助手席から、彼女の苦笑混じりの言葉に、僕も思い出して笑った。
「な。まさか再婚とは」
あの年齢で。
といっても母が僕を生んだのは随分と若い頃だったから、まだ40半ばではあるのだが。
『どうか、息子をお願いしますね。返品されても困るわよ、私ももうすぐ再婚するし』
家を出る時に、母の2度目の爆弾投下。
もう何年か付き合っている男性がいるらしく、僕の結婚を待って再婚しようと考えていたようだった。
いや、待たせて申し訳ないというか。
母にとっては寂しい10年だったか、と感傷に浸った僕を返せと言いたい。
身体を起こしてシートベルトをすると、発進しようとするがもう一度ハンドルに顔を伏せ脱力した。
「疲れちゃった?」
「うーん…初めて尽くしだったな、と思って」
深呼吸すると、帰ろうか、と声をかけて車を発進させた。
暫く走ると、ギアに置いた手に一回り小さな手が重なった。
結婚に向けて漸く一歩進めた一日の気がして、今夜は一際感慨深い。
彼女を初めて、母親に紹介した。
初めて、母親にありがとうと言った。
最後の爆弾投時の母はちょっと照れていて。
それは初めて見た、母の女としての顔だった。
Fin...