とけていく…
プロローグ
 マンションの駐輪場から自転車を出し、涼はゆっくりとペダルを漕ぎ始めた。すると、漕ぎ始めて間もなく、彼の額にはしっとりと汗がにじんできた。

まだ三月だというのに、温暖化したこの星はまるで初夏のような陽気だった。
しばらくの間、平坦の道を軽快に走っていると、途中、桜並木を通る。

 例年、鈴なりに咲き乱れる桜も、そろそろ見ごろを迎えていた。

 桜。それは、甘くて切ない香りを放つ、罪な花。

 今年もまた、そのまばゆいほどの光をまとい、彼の視線を奪っていた。思わず自転車を降りて、その花々をゆっくりと堪能したくなるほどに、今年の桜も見事なものだった。

 その春の光を見たとき、彼はまたあの時を思い出していた。

 忘れもしない。

 あの日、一番大事なものを失ったのだ。脳裏には、悲しい記憶が浮かぶ。2年も前のことなのに、あの時の出来事が鮮明に蘇っていた。

 涼は、花びらの隙間から射す絶え間無い光を一身に浴びながら、自転車を漕ぎつづけた。

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