とけていく…
「久しぶりね、元気?」

 車の窓が開き、そこから懐かしい笑顔が露になる。その顔を見た時、彼も懐かしく笑っていた。

「はい。」

「たまには弾いてるの?」

 ピアノを弾くしぐさをしながら訊ねてきた。彼女のその言葉に、彼は「時々」と一言だけ、答えた。

「そう」

 彼に"先生"と呼ばれた女性は、あっさりと返すと、目の前に立っている情けない顔をした男の顔を眺めていた。

「先生、どうしたんすか? 今日は、こっちの方に用事でも?」

 自分のことを聞かれる前にと、彼は話題をすり替えた。

「そうよ。…なんかヒマそうね。ちょっと乗っていかない?」

「え?」

「ほら、早く乗って!!」

 彼女は助手席を指さして、涼を促した。

(ここにも俺を『ヒマ』と言う人が…)

 苦笑いを浮かべ、彼は彼女の車に乗り込んだ。なんとなく、そうしなければならないような、そんな気がしたのだ。

< 105 / 213 >

この作品をシェア

pagetop