とけていく…
「何でこんなすごい人がここに…?」

「昔、彼にピアノを教えていたのよ」

 真由美はニッコリ笑いながら、自慢気に答えたのだ。

「あぁ… わざわざすいません」

 涼は二人の間に割り込み、全開したウィンドウから押し出された楽譜がギッシリと入った紙袋を受け取った。

 早く行って欲しかった。何もこんな時に来なくても…と、思いながら涼はちらりと紫を見た。彼女の動揺は、涼にもひしひしと伝わってくるのが解る。

「あなたからも彼に言ってちょうだい! 私は彼の才能に惚れてるのよ。だからその才能を潰しなくないのよ」

 真由美の言葉に、紫の瞳は揺れていた。

「じゃぁ、あたしは行くわね! しっかり練習するのよ!」

 手を振りながら、真由美は車を発進させたのだった。嵐のあとの静けさのご
とく、また静寂が戻ってきた。真由美の言葉に圧倒されてしまったのか、紫は走り去って行く車を見つめながら口にした。

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