とけていく…
「コンクール出るんだね」

 紫は涼の向かいに立ち、彼の顔を覗き込む。彼は紫の顔をまともに見ること
ができず、顔を背けた。

「いや、俺はまだ…」

「もし優勝したら、今よりももっと遠くに行っちゃうんだろうね…」

 その静かな口調は、できるだけ平常心を保とうとしているのだろう。しかし、彼女は唇をきゅっと噛み締めていた。

「優勝? そんなのは毎日コツコツ練習してきたヤツが取るんだよ。俺なんかとても…」

「じゃぁ、例えば」

 彼女は涼の両腕を掴み、迫る。

「あんな偉い人に誘われてるのに、あたしが『出ないで』って言ったら、断ってくれるの?」

 いつになく強い紫の眼差しに、涼は、目を見張った。そして、力なく笑った。

「解った。出ない」

「こんな時まで、自分に嘘つかないでよ!」

 その叫び声は、静かな住宅街に響いていた。

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