とけていく…
 胸が、苦しい…

 彼は、思わず胸を手で押さえた。

「あたし、彼女を忘れるのにちょうどよかったんだ…」

 紫がぽつりと呟いた。涼は首を振った。

「紫と一緒にいるのは、楽しいんだ。それはホント…」

「嘘言わないで…!」

 紫の涙は、悲痛な叫びと一緒に悲しい色に染まっていた。

「やっぱり、思った通りだった…」

 紫は真っ直ぐな目で、彼をひたと見据えていた。彼は、そんな真っ直ぐに紫の目を見ることはできなかった。

「やっと本音を話してくれたね。…ありがとね」

 紫の寂しそうに笑う顔が、言葉が、彼の胸に突き刺さる。

 痛い、痛い、痛い…

 胸に当てていた右手が、心臓を鷲掴みするかの様に強く握られた。

 彼は、走り去る紫を追いかけることなど、できなかった。



 俺は、ひどい男だ。
 最悪だ。
 自分勝手な最低な人間だ。



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