とけていく…
 傘もささず、びしょ濡れのまま涼は自分の部屋の前まで戻ってきていた。マンションのエントランスをくぐり、重い足取りで階段に昇ると、ドアの前で見知らぬ人影があった。

(誰だ…?)

 眉をひそめながらゆっくりと近づくと、その人物と目が合った。すると、その人はパッと目を輝かせて深い会釈をしたのだ。思わず彼も頭を下げる。しかし、知り合いではなかった。見たところ初老と思われるその女性からは、気品が溢れていた。彼女は涼に近寄りながら「涼くんかしら?」と尋ねてきた。

「は、はぁ…」

 目を見張る彼に対して、彼女の表情は正反対だった。

「はじめまして。…あなたのお父さんと親しくさせてもらっているものです。」

 涼は、目をぱちくりさせる。それでも、彼女の話は続いた。

「実は、あなたのお父さんのことで、お話があって…」

「お、親父の、こと…?」

 そう聞き直すと、彼女は静かにうなずいた。彼は、嫌な胸騒ぎを抱えながら、目の前に佇むその人を、部屋に案内した。



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