とけていく…
「…コンクールに出るために、これから練習をする予定だっんです。まだ、親
父が連絡よこしてきた時には、決めてなかったんですけど…」

 すると、笑子の顔がにわかに明るくなった。

「まぁ、いつなの? コンクールは」

 彼は唇を噛みしめ、そしてうつむいたまま絞り出すようにして、答えた。

「…出るとすれば……半年後なんです。」

 彼はいたたまれなくなり、目を閉じた。次第に呼吸が荒くなっていく。ひとつ、深いため息をつくと、ソファにもたれた。

「あの人、もう一度あなたのピアノの音が聞きたいって言っていたわ。由里さんが亡くなってから、弾かなくなってしまったって、とても残念そうに私に話すのよ」

 彼は不意に顔をあげた。あの仕事漬けだった義郎にも、彼のピアノの音が届いていたとは、考えたことがなかったのだ。

「きっと、あなたがピアノのコンクールに出るって聞いたら、すごく喜ぶんじゃないかしら」

 笑子はとても穏やかな笑顔でそう言ったのだ。

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