とけていく…
「ひとつ、聞いていいですか?」

「なにかしら」

 一呼吸置き、彼は質問した。

「親父がいなくなることを考えると、怖くありませんか」

 彼の問いは、真っ直ぐに彼女の目をとらえた。すると彼女は、少し考えてから、口を開く。

「『怖くない』と言えば、嘘かもしれないけど… 楽しかったから、その思い出が私を暖めてくれるんじゃないかしら…」

 にこっと微笑み、彼女はそう言ったのだ。

(この人は、覚悟が出来ている…)

 死ぬと分かっている人を、きちんと“現実”として、受け止めている。彼は、そう思っていた。

「…話は分かりました」

「今、ここの病院に検査入院してるわ。明後日退院なの。退院したら、とりあえず、私たちはホテル住まいになるから…」

 彼女は、病院の住所と、ホテルの住所が書いてあるメモを彼に渡した。

「あの、もちろん退院したら、ここに来てください。部屋、片付けておきますから」

 帰り支度を始めた彼女に、彼は言った。すると、笑子の顔がパッと明るくな
った。

「本当に? …あの人、きっと喜ぶわ。ありがとう」

「俺も、明日にでも、病院に行きます。」

「そう。じゃぁ、伝えておくわね。」

 優しい笑顔を浮かべた彼女を玄関まで見送り、彼は静かにドアを閉めた。すると、どっと疲れが彼にのしかかった。しかし、立ち止まっている時間はないはずだ。彼は小さくうなずくと、この間渡されたプリントに走り書きされた真由美の携帯番号に電話していた。

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