とけていく…
十四.
 あの日以来、涼は真由美の家に通う日々が始まった。週に三日は彼女の家のレッスンルームで一時間ほど見てもらい、その後すぐに自分の家に戻り、十時間に及ぶ練習の繰り返しだった。

(思うように指が動かない…)

 額から噴き出す汗を拭う時間さえも惜しんで、正樹の顔を思い出しては、毎日、がむしゃらに練習をしていた。

 少し休憩しようと、ピアノから離れた時、窓の外では空がゆっくりと焼けて行くのが見えた。譜面台の脇に置いておいた小さなデジタル時計をみると、夕方の六時半過ぎを示していた。朝から何も食べずに練習していたせいか、腹時計が鳴った。彼は何か食べようと冷蔵庫を開けようとした時、テーブルの上に置いておいた携帯の着信音が急に鳴り出したのだ。彼は慌てて戻り、電話を手に取った。

「もしもーし?」

 誰からの着信も見ずに、電話に出てしまった彼は、電話の主の声を聞くと、口を開けたまま驚いていた。

『…涼?』

 何度も電話したのに全く繋がらず、諦めていた相手からだったからだ。

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