とけていく…
 疲れた身体を引きずりながら帰路についた涼は、義郎の書斎から、昔のアルバムを引っ張り出していた。深いグリーンの分厚い表紙をめくると、最初のページには、古びた両親の結婚写真が収まっていた。

(母さんの写真…)

 何度か見たことはあったが、ほとんど思い入れはない、それが正直な所だった。母親の『優しさ』は、由里が教えてくれた。

(親父、若いな…。由里も、小さくて可愛い)

 無邪気な時期をそっと覗いていた涼の胸は、少しだけドキドキしていた。彼の知らないその時の中で、父と母と幼い由里が微笑んでいるのを見ていると、少しだけうらやましさが募る。涼の経験したことのない時間が、その写真の中で生きていた。

 しばらくの間、涼はそのアルバムに見入っていた。…もうすぐ、その『幸せな時間』が完全に過去のものになろうとしている。

 胸が、痛い…

 義郎はきっと思い出しているはずだ。笑子をその時と重ねて、幸せだった頃を…

 彼の目から、自然と涙が流れていた。孤独と戦っていたのは、自分だけではなかった。今も尚、義郎は孤独に戦っている。

 生きていける喜び、好きな人を想う喜び…

 今与えられたその試練を乗り越えられた時、きっとその大きさを実感することができる。

 アルバムを見る目が霞んだ。彼は、そっとアルバムを閉じると、立ち上がっ
た。
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