とけていく…
 その瞬間、目の前に広がっていた世界が消え、彼は目を開いたのだ。

 窓には、夕陽が映っていた。

(変な夢だったな…)

 大量の汗をかくような季節ではないのに、身体中から汗が吹き出していた。どうやら、鍵盤を枕に、眠ってしまったようだ。体を起こし姿勢を直すと、鍵盤がよだれで汚れいることに気付く。慌ててティッシュで拭き、鍵盤の蓋を閉めた。

 彼は、手を蓋の上に置いたまま、さっき見た夢を思い出していた。いつになく、心臓を打ち付ける鼓動が早い気がした。嫌な予感が頭をよぎる。しかし、落ち着こうと首を激しく振り、今見た夢を振り払う。

(まだ、時間はあるばずだ…!)

 その日の晩、彼が最後の調整をしていると、携帯が鳴り出した。頭の中でイヤな予感がよぎる。

 涼は即座に電話を手に取り、出た。

「もしもし…?」

 相手はもちろん笑子だった。

『…涼くん? お父さんが、あなたに会いたがってるわ。今から、来られるか
しら?』

 その口調は、冷静さの中に密かな焦りも感じられた。それが余計に衝撃となり、身体を貫いていった。動揺を隠せず、彼の息は荒くなり、喉は急にからからに乾いていた。

「はい…!」

 やっと返事をした涼はすぐにコートを羽織り、急いで家を出た。

< 182 / 213 >

この作品をシェア

pagetop