とけていく…
 涼は、眠る親父の手を握りしめていた。涙も涸れて、何も出てこない。

 彼の中にあるのは、冷たい手だけだった。数時間前までは、大きくて暖かかったのに…

 彼は握ったまま眠ってしまったらしく、いつのまにか夜が明けていて、窓から陽の光が射して、辺りは明るくなっていた。

「行かなくて、いいの…?」

「……」

 彼は何も言えなかった。頭がそれを理解していても、心がそれを拒否したら何もできなくなることを、知っている。

「なんのために練習してきたの?」

 笑子は優しい笑顔を浮かべて涼の頭を優しく触れた。

 自分を変えるため
 自分の殻を破るため
 自分の気持ちを伝えるため…

 分かってる
 分かってる…
 分かってるのに…

「あの人はあなたが一人前の人になれることを信じてるわよ。間に合うなら、行くべきよ」

 笑子は真っ直ぐに涼の目を見つめた。それはとても力強い視線だった。

 彼女は、人生は彼よりも先輩だ。人を想いやる気持ちも、人を愛する気持ちも、何かを我慢する心も、総てを受け入れる大きな心も持ち得ている。そんな彼女が涼を悟るように見つめているのだ。すると涼の頭の中に真紀の顔が思い浮かんでいた。彼の頬に光が差した時、「…何か思い出したみたいね」と、笑子は涼の背中を押した。

「行ってきます…」

 彼は立ち上がり、病室を飛び出した。

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