とけていく…
 涼は、ステージ袖に出るそのドアを開き、身を滑らせるように中に入った。残り五人が、パイプ椅子に座り、自分の番を緊張した面持ちで待っていた。涼は、一番最後の男の隣に腰を下ろした。隣の彼は、涼の出で立ちをみるとみるみるうちに怪訝そうな表情を浮かべていたが、もはや涼には、関係なかった。両手を組み、力を込める。彼は意識を集中させていた。



 後半が始まり、ひとり、またひとりとステージに上がって行くのを、彼は黙って見ていた。そして、ついに涼の出番が回ってきた。彼がステージに立つ前、館内放送が入った。その直後、彼はステージへゆっくりと足を踏み出した。すると、にわかに客席が騒がしくなった。彼には、客席に座る人間がそれぞれ何を言っているのかわからなかったが、そんなことは重要ではない。

 今ここで、弾ける喜びを味わえるならば…

 涼は、黙ってピアノの椅子に腰を下ろした。スポットライトを浴びて黄色っぽく光る鍵盤をじっと見つめた。

 そして、構える。鍵盤に指が触れ、静かに一小節目から弾き始めた涼だったが、彼は指を止めたのだ。

 すると、途端に客席はざわついたのだ。目を閉じ、一呼吸したのち、彼はゆっくりとうなずくと、指を動かす。

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