とけていく…
誘われるかのように、ベルベット仕様の椅子に座ってから鍵盤の蓋に触れると、木のぬくもりを指先から感じられた。その柔らかな感触の蓋を少しだけ上に動かしてみる。どうやら鍵はかかっていないようだ。そのままそっと押し開けてみると、少し黄ばんだ鍵盤が顔を出した。

 やっと陽の光を見ることができたと言わんばかりに輝く鍵盤を見た時、彼はすでに弾いていた。彼のお気に入りの曲を…

「こりゃ驚いたな…」

「うん…」

 背後でなされていたこんな会話も気付かず、彼は夢中になっていた。



「いらっしゃい」

 穏やかな笑顔で迎えてくれたのは、「この店のマスター兼うちのパパ。」だった。マスターは鼻から下に口ひげを生やしているせいか、見た目よりもずっと落ち着いて見えるのだが、きちんとした白い襟付きのシャツが、ひげとは対象的に若さと清潔感を与えていた。

「すいません、勝手に触っちゃって…」

 涼は椅子から降り、カウンターにいるマスターに頭を下げた。

「いいよ。むしろ久々に弾いてもらえて、ピアノも喜んでるさ。さ、座って」


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