とけていく…
 優しい穏やかな笑みを浮かべながら、マスターは煎れたてのコーヒーが入ったカップをカウンターに出した。気づけば、店にはコーヒーの上品な甘い香りがいっぱいに漂っていた。その香りをかいだ時、今日あった出来事のすべてを忘れてしまいそうになるほどに、リラックスしている自分に気付く。彼は、誘われるままカウンターに座った。

「なんか真紀が世話になったみたいだから、コーヒーくらい飲んでいってよ。」

「あ、はい。いただきます。」

 涼は、出されたコーヒーに口をつけた。

「うちのコーヒー、うまいでしょ?」

 彼の横に座っていた真紀が、得意気に言う。それに対して、彼は素直にうな
ずいた。そして一息付いた時、グラスを磨きながらマスターが再び口を開いた。

「君、ピアノ上手だね。」

「うん、涼がピアノ弾けるなんて意外。」

 真紀も目を丸くしていた。

(意外は余計だろ…)

 そう思いながらも、マスターに向かって、涼は口を開いた。

「今はもうやってないんですけど、二年くらい前までは…」

「久し振りに弾いて、あれか…。なかなか立派だよ。生でノクターンを聞いたのも久し振りだなぁ」

 目を細めて、嬉しそうにするマスターを見て、彼は恥ずかしさのあまり縮こまってしまった。

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