とけていく…
 彼が弾いた"ノクターン"とは、ショパンのノクターンの中でももっとも有名な、第二番と言われているものだった。

 ノクターンとは、和訳すると『夜想曲』である。当時のフランスでは、優雅なお金持ち達が社交パーティーを夜通し楽しんでいた。しかし夜が明けてお開きになった時に、煌びやかな夜と楽しかった時間を名残惜しそうにしながら帰路につく、といった当時の人々の心情が盛り込まれているのだ。

 更に第二番は、ピアノ製作会社プレイエルの社長、カミーユ・プレイエル氏の妻マリーに対してショパンがプレゼントした曲とされている。



「そういえば、名前聞いてなかったね。」

「はい。鳥海涼です。」

「涼くんか。よろしくね。」

 物腰が柔らかで、穏やかに話すマスターに、彼は疑問を感じていた。

(あの娘に、この親父?)

 カップを啜りながら、彼は思った。

(信じられないな…。体から出てる、『優しさ』のオーラが違うよ?)

 何気なく、横に座っている真紀を見る。するとバッチリと目が合った。

「親子ですけど、何か?」

 ジロっと睨まれ、涼は慌てて視線をカップに戻す。

(見透かされた…。)

 そんな様子を、マスターは愉快そうに声に出して笑っていた。
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