とけていく…
「もちろん、上手い人が弾くからだよ。」

「あ、いや…」

 そんな風に真顔で言われ、彼はまた恥ずかしさのあまり、小さくなっていた。

「好きなときでいいから、ピアノ、弾きに来てくれないかな? もちろん、バイト代も出すよ。どうかな」

 涼は、思いがけない事態に言葉を失っていた。

 誰かのために弾くことが、果たしてできるのだろうか?

 彼は頭の中で、そんな考えが巡っていた。

「アイツは、当てにならんからなー」

 真紀がそう口にした時、彼は不意に気付く。自分は"替わり"なんだと。

(誰も、そんなに期待はしてないって訳か…)

 そう考えると、急に気が楽になっていた。それならば、今よりもいっそういい演奏をしてやる。そう考え直した彼が小さくうなずくと、マスターと真紀は喜んでいた。彼には、大げさに見えていたのだが…。

 すると、店のドア先に吊るされている鈴が鳴った。その音で、三人は一斉にドアの方へ視線を走らせた。

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