とけていく…
「今ね、契約してたところ。お兄ちゃん、当てになんないから。」

 真紀がそう言うと、「なによ、そうなの? 折角、用事を切り上げて来たってのに…」と、不満そうに正樹が漏らす。

「ま、お前も来てくれたら助かるよ。彼もまだ高校生だし…」

 淹れたてのコーヒーを注ぎながらマスターが事情を説明した。すると、よほど意外だったのか、正樹は涼の顔をまじまじと見つめた。

「一年坊主が生演奏するのか? すげーなぁ」

「二年なんすけど…」

 訂正するも、すでに他の話題を楽しんでいた正樹には、涼の声など届いてはいなかった。

「あ、涼君、一応バイトってことになるけど、親御さんは大丈夫かい?」と、マスターが尋ねる。

「あ… はい。親父、今、家にいないし。」

 彼がそう答えると、真紀が彼の顔を覗き込んできた。

「お父さんとお母さんは?」

「あ? あぁ… 親父は去年から仕事でアメリカ。母ちゃんは、俺を産んだら死んじゃったって聞いてる」

「そうなんだ…」

 切なそうにしながら、真紀の視線が逸れていった。彼は、少しだけドキッとした。

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