とけていく…
「正樹のこと、気にしなくていいから」

 店の外で、少し怒った真紀がそう言った。

「でも、正樹さんのピアノはすごかったよ。」

「涼だって、うまかったよ!」

 真紀は身を乗り出し、さらに怒鳴っていた。しかし、彼には同情しているとしか思えなかった。ポジティブに物事を捉える余裕など、もはや彼はなかった。

「やっぱ少し考えさせて。マスターにそう言っておいて」

 彼はそっけなくそう言うと、サドルにまたがった。

「あ、待って…! 気を悪くさせたなら、ホントにごめん…」

 真紀は、陰の差す涼の背中に向かって謝ったが、涼は振り返ることはできなかった。

「…別に。コーヒー、ごちそうさま」

 片手を上げ、彼はペダルに力を込めると、その場から逃げるようにして一気に踏み込んだ。

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