とけていく…
「で、どうした?」

 うつむき加減の紫に涼は声をかけた。先日会った時よりも、まるで別人のように元気がない彼女に違和感を覚えていたが、逸る気持ちを抑えられず、彼は少しだけ苛立ってしまう。迷いがあるのか、足元を見つめているだけで、紫はなかなか口を開こうとしない。涼は、そんな紫の言葉を待っていたが、苛立ちをぶつけてしまいそうになるのを必死で堪えていた。

「整理付いてないなら、あとで電話でもいい? 俺、ちょっとやりたいことあるから…」

 出来るだけ、穏やかな口調を心がけた。そして彼は立ち上がり、紫を残して、その場から立ち去ろうと歩き出した。

「この間駅で会った人、本当のお姉さんじゃないんでしょ? 涼が元気になれたのって、やっぱりこの間の人のおかげ?」

 彼の背中に向かって、小さな声で紫が言った。すると彼の足が止まる。

「あぁ、あいつか」

 彼は少し考えてから、羽交い締めされたことを思い出し、あからさまに嫌な顔をする。

「姉ちゃんになる、とか勝手に言い出して変な人だよ。まぁ、あの人がきっかけでバイトすることになったんだけど」

「バイト?」

「あぁ。喫茶店でピアニストすることになってさ」

 涼がそう話すと、一瞬だけ紫の瞳が大きくなり、揺れた。

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