とけていく…
 放課後、教室内の人影が少なくなっていた頃、涼が帰ろうとすると踵を返した時、部活に向かおうとした雄介と正面衝突した。その衝撃で、涼が持っていたキャンパス地のトートバッグが床に落ち、中身が飛び出ていた。

「痛って… って悪ぃ、何も見てなかったわ」

 雄介の胸に思いっきり鼻をぶつけた涼は、鼻をさすった。

「あはは。悪ぃ、大丈夫?」

 雄介はいたって普通に振舞っていた。ダメージを受けたのは、涼だけのようだ。彼は苦笑いを浮かべていた。

「ん…」

 涼が屈んで広がってしまった楽譜を拾い上げていると、すーっと雄介の目が細くなった。

「バイトの?」

「そ。」

 近くの机で楽譜を揃え、バッグにしまう。涼は「じゃな」と手を挙げ、雄介を通り越そうと踏み出した。

「あ、待てよ、涼」

 雄介に呼び止められ、涼は足を止めて少しだけ振り返った。

「来週から、インターハイの予選が始まるんよ。紫と見に来いや」

「予選? なんで」

「どうせあいつにフォローなんてしてないんだろ。お前から誘ってやれば」

 それだけ言うと、雄介はやたら大きなドラムバッグを肩にかけ、飄々と教室
から出て行った。涼はそんな雄介の背中を眺めながら顔をしかめた。そしてそのままの顔で下駄箱に向かった。

< 75 / 213 >

この作品をシェア

pagetop