とけていく…
「お、いいじゃない。似合ってる」

 学校の制服のワイシャツに、借りた黒いスラックスとベストを着た涼を見たマスターが、相変わらずの優しい笑顔でそう言った。

「じゃ、よろしくね」

 そして、彼の背中を押すマスターは、カウンターからフロアに出て行った彼の背中を眺めていた。涼は、店内を見渡した。

(いねぇじゃん、客…)

 カウンターに座る客は誰もおらず、テーブル席には二、三組の客しかいなかった。それでも彼はピアノの椅子に静かに座ると、鍵を穴に差し込んだ。そして、彼の小さなステージが始まったのだった。

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