とけていく…
 閉店時間、九時。涼の目の前には、サラダとカレーが置かれていた。

「飯くらい食ってって」

 初仕事を終えた後、閉店作業を手伝い、着替えて帰ろうとした時、マスターが準備してくれたものだった。

「すいません」

 涼はペコリと頭を下げ、スプーンを握った。

「初仕事、どうだった?」

 カップを布巾で拭きながらマスターが尋ねると、涼はカレーを頬張りながら、苦笑いを浮かべた。

「うちは喫茶店だからね、昼間の方がお客さんいるんだよ」

「なるほど」

 涼が返事をすると、マスターは手に持っていたカップを置き、涼に背を向け、拭き終わった食器を棚にしまい始めた。

「真紀、こっちに来なかったな…」

 マスターは、思い出したようにポツリとつぶやいた。

「え?」

「いやね、昨日、『涼のデビューの日は、絶対店で聴くんだ』って言ってたなぁ…って」

 そういいながら、マスターは天井を遠い目をしながら眺めたのだ。

「そうっすか…」

 涼は、そそくさと目線をカレーに戻し、口に押し込む。ふと、二階に上がって行った彼女を思い出していた。

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