とけていく…
八.
『涼の由里さんへの愛情ってのが、どんなものか解っちゃった。ごめんね、変なことに巻き込んじゃって。…もう、邪魔しないから』

 真紀のその言葉が、今も彼の頭の中で何度も巡っていた。

(この喪失感は、なんだ…?)

 無くした物がやっと戻ってきた気がしていたのに、またするりとすり抜けて行ってしまったような、そんな感覚が彼を支配していた。今更ながら、雄介の
言葉がチクリと胸に刺さる思いだった。

"代わりにしてるだけなら、やめとけ"

(俺は、嫌がりながらも結局は、真紀に甘えていただけなのか…)

 いや、そんなことはとっくに知っていた。由里がいつも聞いてくれていたように、真紀が俺のピアノを好きだと言って聞いてくれたから、俺はピアノを弾
くことができたんだから…

 彼は自嘲的に笑った。ただ単に、ピアノを弾くことが好きだったあの頃に、戻っていたに過ぎなかったのだ。

 彼は重い体を起こし、出かける準備を始めた。



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